I AM the bluebird.(つづき、体育大会編)

娘の体育大会に行ってきた。
中学校の体育大会は、小学校の運動会とは違いエンタメ感は少ない授業の延長のようで、生徒たちが自主性を持って、協力し、取り組み、楽しむのを学校全体と親で見守る感じ。
10年来のママ友という名の友がいる。
彼女の家族は保育所の頃から家族総動員で保育所・学校などのイベントに精力的に出席する。彼女の子供と私の娘が同級生で、毎年イベントでは顔を合わせる。
いつも開場時間より早く着き、並び、子供達の姿を観覧しやすい場所で、積極的に子供の応援をする。
自分の子供だけでなく、他の子供達も同じように応援をする。
私は、毎度ほぼ開場ギリギリに到着し、見れる範囲で、一生懸命応援はするが、同じような熱量は持っていなかったように思う。
今回の体育大会でも、私が会場に着いた時には彼女は既に列の前の方にいて、挨拶をして、「また後でね」と別れた。
子供達の活躍が見えやすい場所から、彼女とその家族は観覧し、スポーツ全般が苦手な、あまり体育大会自体に乗り気でない娘に対しても、大きな声で愛情ある声掛けと、ガッツポーズで応援をしてくれるのを見て、微笑ましく、有難い気持ちでいっぱいになった。
淡々と、待ち時間多めで進行される派手さのない体育大会。
「たかが中学校の体育大会」と言うかもしれない。その「たかが中学校の体育大会」を全力で楽しむ彼女とその家族を見て、『I AM the bluebird.』を思い出した。
彼女とその家族は、イベントを全力で楽しみ、そんな自分たちを楽しみ、楽しんでいることそのものが、彼女たちだった。
自分の子供が出ていない競技も、私の娘や他の子供達も応援し、そのエネルギーは体育大会そのものを応援する。
彼女たちが楽しんでいるから、その場に楽しさが生まれている。
彼女たちが、楽しさそのものとして存在していた。
その瞬間を目の当たりにした。
尊敬と感謝と愛情が満ち溢れた。





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