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“Perfect Days”(隣の平山さん)

執筆者の写真: aya d
aya d
9月21日
読了時間: 3分

頭の中は常にフル稼働の私でした。

働く母親として、常にマルチタスクでした。


今この瞬間を感じる余裕もなく、間に合わない、終えられない緊迫感の中で日々追われるように過ごしてきました。


頭が思考で忙しすぎて、感じる余白がない。常に先回りして考えすぎて、目の前の今を慈しめない。


今この瞬間を感じることが生きるということなのは、頭ではわかっているのに。

でも、知っているのと、できるのとでは異なります。


私の場合、反射の統合ワークで心身の土台が少しずつ整ってきたことで、以前よりも「今この瞬間」を感じられるようになってきました。


先月、食中毒で1週間ほど身体も思考も強制停止になっていました。

点滴も2回ほど。


都合よく、夏休暇中の主人に病院に連れて行ってもらえましたが、まぁ、気が利かない。

マジかよ…


吐き気で身体が半分に折れている私が、彼にマスクをつけるよう指示しないといけない。

診察ファイルも持ってくれない。


彼の面子のために言いますが、彼は心の優しい、素晴らしい人です。

ただ、気が付かないんだろうねぇ。


イラッ


昼夜ベッドルームに籠って吐き気と戦っていると、キッチンの主人と娘の声が聞こえてきます。


※娘は3歳ではなく、もうすぐ13歳です(笑)

※主人は外国人なので、少し片言の日本語です


娘「ごちそうさまでした」 (ロートーンでお皿を下げる)

夫「○○ちゃん、ごはんたべた~?」(陽気)

娘「うん」(素っ気ない)

夫「そう~、たべたの~、おいしかった~?」(嬉しそう)

娘「おいしかった」(棒読み)

夫「そう、おいしかったの~、よかったね~」 「おいしいイチバンいいね~」(満面の笑み声)

私「号泣」


主人の、娘に向ける優しく甘い話し声を聞いて、ベッドで号泣しました。

この人は、こんなに愛情をもって私たちに接し、こんなに大切に一瞬一瞬を生きているのか、と。


そーだよそーだよ、ご飯食べれたの良かったよ。

美味しいの一番いいよ、最高だよ。

もうなんなら、それだけでいいんだよ、それだけでPerfectなんだよ。


単純に彼の機嫌が良かったのかもしれないし、私が弱ってメランコリックになっていたのかもしれない。

でもあの時、私の頭が止まっていなければ、彼の「今を生きている」姿、その美しさに気付かなかった。

これが「今この瞬間を」なんだと。


映画「Perfect Days」の平山さんのように、宇宙や前世や量子力学について知らなくても、一瞬、一場を味わい、幸せを紡ぐ日々。


人生は、それだけでPerfectなのだと思います。


この心と身体と魂を、全力で全うしながら生きる。


考えすぎると感じられないね、って話です。


何度も何度も、いろんな形、様々なアングルや数々のタイミングで、同じことを言われている気がします。


なら、もうちょっと家事手伝ってよ、そしたら感じる余裕もできるよ、と思わなくもないけど。


心身の発達が進んできたことで、取捨選択が適正なタイミングででき、優先順位をつけて行動しやすくなったので、以前より心の余白はできたかな。


 
 
 

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