② 「信じる」という選択
10月8日
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「わかっている」と思っていることを信じて選べるか。
ちなみに、それを信じて選ぶことが正解という話ではない。 そもそもそれが正解という話でもない。
全ては、自由意志のもとの選択だし、正解も不正解もないのだから。
見えるものについては少なくとも、「わかっている」と認識しいてる。
「わかっている」って何だろう。
未来については、そもそも確信はないし、見えないものについても確信できない。 だからここで言う「わかっている」というのは、あくまでも「私が信じると決めたこと」。
つまり、確信ではないが、「私」を頼りに信じると選択したこと。
宇宙データバンクからの情報のリーディングを信じる選択。 不確かなものを信じる選択。
なぜ信じる選択をするのか。 絶望的だから? 開き直り?
おそらくBecause it feels right.(なんとなくしっくりくるから)
Because it makes sense to me.((自分にとって)納得できるものだから)
急にここでSenseやFeeling(感覚)が出てくるじゃん。
急にここで自分軸が出てくるじゃん。
「私」の感覚に頼ってるじゃん。
じゃあ、そもそも一番自分の感覚を信じてるんじゃない、私。(これちょっとびっくり)
つまり、私の感覚を頼りに、見えないけどリーディングを信じました。(確信はないけど)そんでもって、そこで色んな謎が解けました、ヒントや道筋もなんとなく教えてもらえました。(確信はないけど)
じゃあ、そのヒントを利用する?
自分の人生に適用して今後生きていける?
この物質世界の、色んな制限や感情や人間関係の渦の中で、その場面に直面した時、その選択できる?
っていう新しいChallengeが生まれてくるのよ。
③につづく





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