③ ...え、どういうこと?
10月10日
読了時間: 2分

攻略本は持ってる、Causeもわかってる。
でも、現実世界で目の前にその場面が来たら身体は怖がる。
感情は揺れる。
家族、関わる人達がいる。
物質的な制限がある
確信ではない、見えないものを選択する勇気、その選択。
~再放送~
ちなみに、それを信じて選ぶことが正解という話ではなく、そもそもそれが正解という話でもない。
全ては、自由意志のもとの選択だし、正解も不正解もないのだから。
~~~~~
自分の中で100%信じて選択するのと、「私はこれを信じる」と選択するのは違う。
そしてこの「100%」は確信の強さではなく、自分の選択へのコミットメントに近い気がする。
そもそも見えるものは信じる必要がない、そこにあるから。
見えないからこそ「信じる」という行為や必要性が生まれる。
私たちは常に見えないものを相手にして生きている。
人を信じたくても、その人の心は見えない、明日、その人がどうするかも見えない。
だからその人を信じるという行為は、その人を信じるという選択をする、その人を信じるのが、自分にとってfeels rightという、自分の感覚に賭けるという、自分を信じる行為のように見える。(Are you with me?)
時に、私たちは「見えないもの」を「見よう」、「聞こえないもの」を「聞こう」と頑張っちゃうけど、自分を信じる選択をした瞬間、「見えないもの」は「見え始める」、「聞こえないもの」は「聞こえ始める」 。
④につづく? つづかないかも





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