神と紙
10月5日
読了時間: 2分

昔から「宗教」にとても興味がありました。
「宗教」というより、「信仰心」、「人はなぜ信仰するのか」、その心の構造、宗教・信仰に求めるものに興味がありました。
それは時折、盲目的で、熱狂的で周囲が立ち入れないエネルギーを感じます。
そして「祈り」に強力なパワーがあるのも知っています。
「祈り」と「委ねる」はセットだと思っています。
「祈り」は「願い」とは違い、何かを願って都合付けてもらう事ではなく、「祈り」は、自分の望みと信頼を示し「委ねる」こと、「委ねる選択をする」ことだと思っています。
では、なぜ人は神を信じるのか。
紙を買うのとは違う。
紙なら、値段、クオリティ、サイズ、実物、レビューなど、外側に判断材料がある。
でも、神は物質としては確認できない。(レヴューはあるかも)
じゃあ、見えないものを信じるという選択をするために、何を判断材料にするのか。
それは、自分の感覚、心の声、内側の反応
出たーーーーーーーーー!!!
感覚!! 心!! 内側!!
誰かから無理やり信じろと押し付けられても、心が動かなければ、そこに信仰はない。
だから、見えない神を信じるということは、実は自分の内側を信頼することではないのか。
そこに自分の感覚に対する正解や正しさのジャッジメントはなく、心に選択させた結果、のように感じる。
だから人々は神を信じる時、安心感を味わうのかもしれない。
神を愛している時、愛を感じるのかもしれない。
自分を愛している証拠だから。





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