苦手なメッセンジャー
9月26日
読了時間: 2分

買ったばかりのパズルを広げてみる。
全てのピースはそこにあるはずなのに、はまるピースがまるで見当たらない。
あるはずなのに。
この宇宙で起こることは全て必然だという。
自分では避けられない嫌な出来事、苦手な人、他人の不快な言動。
この苛立ちや怒り、不安や不快感がどうして必然なのかと思う。
自分を守ってみる。
距離を取る、境界線を引く、受け取らない、逃げる。
少し楽になる。
でも、頭の片隅にはそれが存在したままいる。
落ち着いてから、何が起きたのかを見てみる。自分の内側をチェックしてみる。
「私は何に反応したの?」
表面的な所から、もう一歩奥まで掘ってみる。
「不快にさせたスイッチは何だったの?」「そのスイッチは私にとって何なの?」
私の信念、価値観、大切な物が見えてくる思考の癖が見えてくる。
苛立ちや不快の奥には、自分の大切な宝物を軽んじられた私、尊重されなかった私がいる。
傷ついていた私に気づく。自分の宝物に気づく。偏った価値観に気づく。
それは本当に大切な物か、手放したいものか調べてみる。
信念や観念、宝物、価値観。
見えていなかったピースに気づいた時、パズルのピースは1つはまる。
一歩前へ進める。
その時、その出来事や人が、自分にとってのメッセージ、メッセンジャーになる。
私の経験上、毎度、それらの嫌な出来事、不快な言動は私へのメッセージへと変容する。
苦手だった人が私にメッセージを運んでくれたことに気づく。
それらの出来事、人は、自分にとって大切な物に気づく機会をくれた。
その瞬間、怒りも不快も悲しみも消え、感謝に変わる。
それを繰り返しながら、パズルが完成していく。





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